令和2年 謹賀新年

謹賀新年
謹んで新年のお慶びを申し上げます。

昨年は副住職として新年のご挨拶を書かせて頂きましたが、今年は住職としての初めてのご挨拶となります。実は書類上は一昨年に住職になっていたのですが、公表していませんでしたので、気持ち的には今年が初回。また、令和元年に住職に着任、晋山したという方が覚えやすいですよね。

昨年の世話人会、また年末のお手紙などでお知らせさせて頂きましたが、昨年由木長老より住職を引継ぎ、龍蔵寺の住職となりました。 龍蔵寺の創建から六六五年目、三十一世となります。ちなみに今年は六六六年目。 これまでの長い歴史を大切にし、次代に引き継げればと考えております。

由木上人には引き続き長老としてご指導をお願いしています。これまでと大きな違いがないように頑張りますので、これまで同様のお付き合いをよろしくお願い申し上げます。

折角ですので少々自己紹介をしたいと思います。
私は1970年(昭和45年)、一回目の万博が大阪で開催された年に、京都府の八幡市で生まれました。当時父が京都大学の建築学科で助手をしており、京都にある母方の祖父の知り合いの寺に家族で下宿していました。母方の祖父は大阪の天王寺にある一心寺の住職をしていました。その祖父は僕が生まれてすぐに病死し、一人娘だった母の夫、寺とは何の関係もなかった父が急遽住職を継ぐことになり、私自身もこの寺で育つことになります。

考えると、今の私は、この両親と祖父母の血をそのままカクテルにしたようなものだと感じます。父方の祖父は三菱の商社マンで終戦時は上海に駐在していました。香川県の善通寺の出身(寺とは無関係)で、元々は武士だったようですが、海産物を商う担当だったようで武士とはいっても商売人のようなものだったようです。祖母は若くして亡くなったのですが、その父親は酒造メーカー月桂冠の初代研究所長を務めた研究者でした。母方の祖父は一心寺の住職をしていましたが、元は愛知県の大きな農家の末っ子で、当時は兄弟の誰かを坊主にすれば家が栄えるといった習わしがあったようで、何不自由ない暮らしから、一転貧しく厳しい修行に入り相当苦労したようです。母方の祖母は大阪の寺の四姉妹の何番目かで、四姉妹の三人が寺に嫁ぎ、親戚にやたらと寺関係者が多い原因となっています。

つまり、研究者、商売人、農民、そしてお寺の影響が大きいということです。

中学まではバスケットボールやボーイスカウトに熱中していましたが、腰を痛めて帰宅部に軌道修正。高校では実験中に生物の先生にスカウトされて生物部に入って、植物の植生を調査したりや大阪城のお堀のプランクトンを調べたりして、研究者のまねごとをしていました。

大学は早稲田大学の建築学科に進学。親の影響もあったと思いますが、生物部の顧問に、農学部にしようか建築学科にしようかと相談したところ、建築の方がよかろうとのことで、建築学科を受験しました。いい加減なものです。

次男の気楽さで、大学院の修士課程、そのまま博士課程に進学し、博士(工学)を取得しました。 テーマは木造建築物と森林資源の資源循環とLCA。早稲田大学で助手や講師をした後、九州大学で任期付きの准教授を三年務めたところで、母校に呼び戻されて現在も建築学科の教授を務めています。
坊主の方は、通常は大学一年生の時から、夏は山にこもって僧侶の資格を取るのが、寺の子弟の定番なのですが、次男ということと親元を離れた自由さでそこはエスケープ。僧侶の修行を始めたのは少し落ちついた大学院生になってからで、そのことは逆に良かったように思います。夏の一ヶ月、総本山や本山で合宿を、僧侶希望者の5、60人と一緒にやるのですが、大学に入ったばかり18、9の若僧が、遊びたい盛りの夏休みを、丸坊主にされて、無理矢理入れられるわけですから、やけくそになっているの者もいるわけです。年をとってそのへんは自発的に参加でき、よく勉強できたように思います。

龍蔵寺との接点ですが、祖父が急死し急遽僧侶の資格を取らなくてはならなくなった父と由木長老が京都の知恩院の修行で一緒になったことに始まります。変わり者同士気が合ったようで、今でも付き合いが続いていますが、そこで東京にいる次男にふらふらしているなら龍蔵寺を継がせてみないか、という話が出たようです。

当時私は博士課程の学生で大学の助手をしていたのですが、大学の助手というのは気軽な反面、不安定な立場ですし、次男には帰らないといけない実家もありません。また、農学部を真剣に考えたくらいですから、どこかで農業をやりたいという思いも残っており、田舎の寺ならそれもできるだろうと考え、引き受けることにしました。

結果的に、大学も続け、寺の住職にもなり、坊主と大学教授という二足の草鞋を履いています。大学での研究テーマは持続可能な社会を建築や都市でどう実現するかですが、これには人間の幸福感や欲望の抑制、行動変化が大事です。この研究では仏教の知恵が大いに役立っています。また、屋上菜園や緑化、既築の建築ストックをどう活かすかといった研究や防災の研究もしていますが、これは先の血筋からくる関心なのかも知れません。

実は世の中的には、行動を変えるといった活動や防災、まちおこしにおいてお寺への期待が非常に大きくなっています。どころが両方が分かる人はなかなかいないので、橋渡し的な役割ができるのではないかと考えています。お寺を維持し仏教を勉強していることと、大学での建築や都市の研究に相乗効果がでればよいと考えています。

冒頭に申し上げましたが、 これまでの歴史を大切にした上で、私にできること、今すべきことを少し足して、次代に引き継げればと考えております。

今年一年が皆様にとって実り多いものになるようお祈り申しあげます。

合掌
住職 高口洋瑞