距離を置いても気持ちは変わらない

3月下旬頃の境内桜の様子。


先月新型コロナウィルスに関連する記事を書かせていただきましたが、混乱がさらに大きくなってまいりました。未だに収束の目処が立ちませんが、皆様が息災であることを心よりお祈り申し上げます。


メディアは「ソーシャルディスタンス(社会的距離)」という聞き慣れぬ言葉を流行らせようとしていますが、つまりは「いつも以上に人と距離を取る」くらいの意味合いです。新型コロナウィルスは感染力が強く、加えて感染者に症状が見られない場合もあります。ウィルスとの接触を未然に防ぎ、感染のリスクを減らそうというわけです。「密閉・密集・密接」の「3つの密」を避けたり、マスクの着用を心がけたりすることで、自分が感染するだけでなく周りの人への感染のリスクを防ぐことができます。


少し前に、葬儀場がクラスター(集団感染)の場になりました。新型コロナウィルスが収束するまで葬儀を延期、というわけにもいきませんので、葬儀はごく少数の身内だけで執り行う方が無難かもしれません。最後のお別れに立ち会えないのは辛いことです。しかし、たとえ立ち会えなかったとしても、これまでの縁や絆を確認することはできるように思います。世の中が落ち着いた頃に、心静かに手を合わせることも十分な弔い、供養になるのではないでしょうか。葬儀に参列できなくても、仏教では年回法要もございます。一度で気持ちの整理がつかないのであれば、何度でもお参りください。世間がどれほど混乱しようとも、どこか懐かしさの残る安らぎの場を提供し続けることが、お寺にできることなのではないかと思います。


『無量寿経』の中に、「祝聖文」という偈文があります。世の中に天災や疫病が起こらず、武器や兵隊のいらない豊かで安らかな平和を願う偈文です。今や新型コロナウィルスの影響は、経済不安、ウィルス拡散の責任問題などにまで話が発展し、殺伐とした雰囲気が漂っています。この偈文を胸に、世界が平和であることを心からお祈り申し上げます。


「祝聖文」(出典: 『無量寿経』)
天下和順 日月清明 風雨以時 災厲不起
国豊民安 兵戈無用 崇徳興仁 務修礼譲


見習い  合掌