給付金の誘惑

コロナウイルスの影響に対する所得補填、景気対策として行われている特別定額給付金がようやく手元に届きつつあるようです。思わぬ臨時収入で一息つかれた方もいらっしゃると思いますし、何に使おうかと家族で相談された方も多いと思います。


そういった状況のなかで、「子供の給付金をどうあつかうべきか」ということで意見が分かれるご家庭もあるようです。教員の友人がある生徒のご家庭の話を教えてくれました。そのご家庭では、給付金は子どもには渡さず、子供が自分の小遣いで買った物の領収書をとっておかせ、それと引き換えに給付金から渡す、という方式を採用しているとのこと。子供は最終的に10万円の給付金を自分の好きなものに使うことができますが、子供はクレジットカードのような後払いの手段を持っていないので、高額な物を手に入れるためにはまずはその分を貯めないといけません。そのご両親がいうには「楽してお金は手に入らないし、予定外のお金に頼らなければ買えないものは、買うべきでない。」ことを教えたいとのこと。


子供からすれば10万円はお年玉数年分にもあたる大金です。それが濡れ手に粟的に手に入れば、金銭感覚がおかしくなってしまいます。しかし子供の側も日頃のニュースに触れていますから、どうやら子供もカウントされて給付金なるものが両親の口座に振り込まれるということは分かっているわけで、なにがしかの期待をするのも仕方ありません。この外出自粛は子どもにも大きなストレスだったはずで、その発散もしたいはずです。このご両親は、給付金を満額渡しながらも子供の金銭感覚が狂わぬよう、しっかりと考えてらっしゃると感銘を受けました。


仏教では人々を苦しめる心の動きを「煩悩」といいます。そしてその煩悩が生まれる原因を三毒「貪(とん/むさぼり)・瞋(じん/いかり)・痴(ち/おろかさ)」といいます。今回のお話は、三毒の1つ、「貪」のお話です。「貪」とは「もっと欲しい!」と思う心です。10万円を手に入れたら最初のうちは大喜びで大満足です。しかしそれに慣れてしまうと、「もっと欲しい!」「もっともっと欲しい!」という心に変わっていきます。その心が「貪」です。その尽きぬ欲望は、いずれ自身を苦しめるようになり、ついには破滅させてしまうこともあります。仏教とは、三毒を完全になくし、煩悩を払う方法を身につける生き方です。しかしそのことはそう簡単ではありません。


親の役目は数多くありますが、我が子が貪りによって破滅しないよう、習慣づけるのも大切な役割ではないかと思います。昨今は、「もっと欲しい!」の何が悪い。欲望は経済を大きくする原動力だ、と肯定する向きもありますが、欲望の行き先が破滅であることは古今変わらないように思います。


とはいえ、私自身、思わぬ大金が懐に入り「あれも欲しい!これも欲しい!!」とちょっと思ってしまって恥じ入りました。「施餓鬼を修して餓鬼を救済しましょう!」と言っている坊さんが餓鬼道に堕ちてしまっては仕方ありません。まずは私自身欲をよりコントロールできるよう精進したいと思います。


合掌 見習い