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日本では新型コロナ感染症という呼び名が一般的ですが、コロナ感染症は他にもたくさんのタイプがあり、これからも新型がどんどん登場します。ですから世界ではCOVID-19(コビッド19)というのが一般的です。COVID-19はSARS-CoV-2(サーズコブ2)といウイルスが原因の感染症です。

日本人は好んで新型コロナ感染症と言いつづけていますが、それは新型なので分からない、新型なので恐ろしい、という心理が働いているのだと思います。

COVID-19とSARS-CoV-2を使い分けてはじめて、SARS-CoV-2に感染したからといって、必ずしもCOVID-19を発症するわけではない、と理解できます。風邪のウイルスに感染したからといって、風邪を発症するとは限らないのと同じです。何故か日本ではここを曖昧にしたまま一年以上が経ってしまい、相変わらずよく分からない怖ろしいものとして右往左往しています。未だに治療法がないと恐れる人がいますが、99%は治っている訳ですから特効薬はない(風邪だってないわけですが)にせよ、実際はある程度治療法はできています。

よく知られていますが、情報量と不安には一定の相関があります。情報量がゼロの場合、人は不安を感じません。「知らぬが仏」状態です。そこに情報が少し入ると少し不安が生じる。情報が増えれば不安も増大する。ある一定のところまでは、情報量が増えても不安は解消されません。そして不安が頂点に達し一線を超えると、情報量の増加と共に、不安は減少して安心に向かいます。COVID-19の理解には専門的な理解が必要であること、マスコミとしては人が不安なままのほうが視聴率が上がるという成功体験から、人がなかなか安心するだけの情報を得ることができない。それがかれこれ一年以上続いている。情報と感染爆発をもじってインフォデミックと言われたりするこの状況になっているわけです。しかしこのことから分かるのは、不安という絶対的な状況があるのではない、ということです。

ではこのような状況に対して、仏教の教えはどう役立つのでしょうか。

華厳経にはさまざまな教えが説かれています。その中に「三界唯心」という教えがあります。
唯心偈とよばれている百字の偈文には次のような出だしで始まります。

心は工みなる画師の如く 種種の五陰を画き
一切世界の中に 法として造らざる無し
心の如く仏もまた爾り 仏の如く衆生も然り
心と仏と及び衆生との 是の三に差別無し
諸仏は悉く了知す 一切は心從り転ずと

その意味は

心は、巧みな画家が、物と心とからなるさまざまな世界を描き上げるように、
心は、一切の世界においてあらゆるものを造り出す。
心のように、仏もそうであり、仏のように、私たちもそうである。
心と仏と私たちとの三者に区別はない。
仏はみな、一切のものは心から起こるということをはっきりと理解している

「三界唯心」は、世界は心が造り出していると説いているわけです。
この世が不安であふれているとしても、その不安な世は、自分の不安な心が作り出している。
その自分の不安な心とは、すなわち今の自分が失われるかも知れない不安、家族に災いが降りかかるかも知れない心配が原因です。突きつめればそれらは、己に対する執着、すなわち我執が原因となっています。
この世は我執でできています。

この世の中がどれほど不安に満ちていようとも、その原因が自分にあると理解した瞬間に、解決の道筋が見えてきます。なぜ不安なのか、なぜ自分はそのことに執着しているのか、そのことに意味はあるのか、そして今何をすべきなのか、を考えられるようになるからです。

この心の働きを深く追求し理解するプロセスを、仏教では「瞑想」、今風にいうとマインドフルネスと呼んでいます。

由木先生の師匠の玉城康四郎先生は、『スタディーズ 華厳』で、

『全世界の迷いはそのままただ心のみである』と知られた時に、スーッと迷いも我執も消えてしまうのです。

と書いています。

この世はつまるところ、それぞれの心が作り出した幻影に過ぎない。
ということが分かれば、不安も悩みも幻のように消えてしまいます。

この状況が不安で仕方ない方は、唯心偈の一節を繰り返し称えてみてください。

若人欲了知 三世一切仏 応観法界性 一切唯心造
(にゃくにんよくりょうち さんぜいっさいぶつ おうかんほうかいしょう いっさいゆいしんぞう)

この偈文は 破地獄偈とも呼ばれる一節ですが、地獄さえも心が作り出しているのであって、全ては我執が造り出しているのだと気がつけば、地獄からも救われるということです。

実はこの偈文、お盆やお施餓鬼の定番のお経で、檀信徒であれば一度は聞いたことがあると思います。
全ては心が造りだしている 一切唯心造 は仏教が説く、この世の成り立ちの根本的な理解であり、苦しみから抜け出す実践法なのです。