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6月のテンプルモーニングでお配りしたカードは、

知足安居(足るを知り 安らかに住まう)

です。

知足は、「少欲知足」として、『遺教経』や『大智度論』に菩薩の徳と、「足ることを知る者こそ最上の富者である」あるいは「欲の多い者は苦悩も多い。欲の少ない者には患いがない」と説かれています。
一方、安居(あんご)は本来「雨期」を表す言葉です。雨期には「静かに一所に留まって修行する」という仏教の伝統から、漢訳するときに安居という漢字が選ばれたようです。この「知足」と梅雨の時期を意味する「安居」、そして漢字の意味の「穏やかに・安らかに生きる」を重ねた言葉が「知足安居」です。

雨が降りますと、私たちはついつい「早く晴れないかな」「出かけるのが億劫だな」と、雨を「行動を制限する邪魔なもの」として捉えてしまいがちです。思い通りにならない天気に、心がなんとなくイライラしたり、沈んだりすることもあります。

お釈迦様の時代、修行僧は家を持たず、あちこちを歩いて旅をしながら教えを説いていました。しかし、激しい雨が何ヶ月も続く雨季になると、お釈迦様は旅をやめて、一箇所に籠もって修行することをルールとされました。これを上に書いたように安居(あんご。雨安居とも)と言います。

乾期と雨期しかないインドでは、雨季になると、たくさんの虫や植物の芽が息吹き始めます。そこを托鉢や布教で歩き回ると、自らの足で小さな命を踏み潰してしまうかもしれない。なので出歩かず、静かに座って瞑想して、自分の呼吸の音、そして雨の音だけに集中する。外へ向かう足を止めることで、逆に「自分の心の中」という広い世界を深く探求する期間としたのです。

また、外へ行けない時間は、道具をメンテナンスする時間でもありました。衣を繕い、誰も使わなくなった布をパッチワークのように縫い合わせ袈裟を作る。今あるものだけで「これで十分だ」と再確認します。

外には出ませんが、とても充実した日常のように思われます。

翻って、現代の私たちの雨の日はどうでしょうか。

外に出られないと、私たちはすぐに退屈を感じ、テレビやスマホを眺め、ネットショッピングをして「今持っていないもの」を探します。心はちっとも知足でも安居でもありません。

身の回りを改めて整頓し、メンテナンスをする。静かに座り、10分でも20分でも雨の音に耳を傾けてみる。ちょっとだけ2500年前の修行僧の様にしてみれば、知足安居、心の平穏が訪れるのではないかと思います。