
皆様、明けましておめでとうございます。
今年が皆様にとりまして、実り多きものになりますよう、心よりお祈り申し上げます。
さて、法然上人のお言葉に、このような一節がございます。
「会者定離(えしゃじょうり)は常の習い、今始めたるにあらず。何ぞ深く嘆かんや、宿縁空しからずば同一蓮(どういちれん)に座せん。浄土の再会、甚だ近くにあり」
これは法然上人が75歳の時、四国に流罪になられた際、別れを惜しむ弟子の九条兼実公に送られたものです。今風に言えば、
「出会いがあれば必ず別れがあるものです。それは世の定めであって今に始まったことではありません。どうして深く嘆くことがあるでしょうか。過去の因縁が確かなものであるならば、極楽の同じ蓮の花の上に、また生まれ変わることができるでしょう」
となります。これが「一蓮托生」という言葉の意味です。
昨年の12月6日に、先代の由木先生が極楽浄土へ旅立たれましたが、今頃は先に往かれた奥様の重子様に追いついて、あれやこれやと甘えているのではないかと思います。
阿弥陀様の本願を頼りとして、ひたすら念仏を称えて一日一日を大切に生きる。先に行った人も、遅れて行った人も、行く場所は同じ。これを「倶会一処」といい、その美しい表現が「一蓮托生」なのです。
しかし、果たして現代において、そんな事が現実にあり、信じることができるでしょうか。
最近、物理学の量子力学という分野で、「ゼロ・ポイント・フィールド」という考えに注目が集まっています。原子力工学の専門家で多摩大学名誉教授の田坂広志先生が取り上げて※、一般にも広く知られるようになりました。
量子力学では、全ての物質は素粒子で構成され、その素粒子はエネルギーの波動だと考えています。この波動は宇宙誕生以来、重なり干渉しあいながら消えることなく保存されているといいます。その波動エネルギーの場を「ゼロ・ポイント・フィールド」と呼んで、そこには時間や空間を越えて全ての情報が記録されていると考える学者もいるのです。
田坂先生も、我々の意識も波動であるので、深層心理のレベルでゼロ・ポイント・フィールドにアクセスでき、情報を読み取れる可能性を指摘しています。
このゼロ・ポイント・フィールドを極楽であると解釈したり、成仏をゼロ・ポイント・フィールドへの接続(リコネクション)と考える研究者も登場しているようです。
いずれ極楽浄土が科学的に説明され、お釈迦様や阿弥陀様の教えが、科学的にも正しいと立証される時代がやってくるかも知れません。
それまでは、お釈迦様や阿弥陀様の教えを信じ、一日一日を大切に生きていきたいものです。
※田坂広志「死は存在しない ― 最先端量子科学が示す新たな仮説」