龍藏寺では、毎月第一日曜日、朝7時からお念仏の会と境内の掃除を行うテンプルモーニングを開催しています。
今朝のテンプルモーニングは、マイナス3℃の氷点下。この冬一番の寒さかもしれません。
さすがに皆さん、悴みながらいらっしゃるだろうと、一月から温かいお茶を用意してお出迎え。今日はほうじ茶をご用意しました。
二月のカードは
褒められても凡夫
そしられても凡夫
毎朝顔を洗い、鏡を見ます。
この一週間、自分の姿を見て、私はこの寺に相応しいのだろうかと自問しておりました。
正直ちょっと弱っておりました。
そんなときに目に入ったのが、凡夫という浄土宗の基本となる考えです。
人はみな、愚かさといった煩悩の塊であり、それを死ぬまで消し去ることはできません。そのような存在を凡夫と呼びます。
私たちは人から褒められれば「自分は偉い」と有頂天になり、そしられれば「自分はダメだ」と落ち込みます。しかし、阿弥陀様の光に照らされた本当の自分の姿は、褒められようがそしられようが、煩悩のまみれた凡夫であることに変わりはありません。
法然上人は凡夫について二つの信心(深信)が大事だと教えています。
一つは『自分はどうしようもない愚かな凡夫であり、自分の力では決して幸せになれない』と深く信じること。
そしてもう一つが、『そんな私だからこそ、阿弥陀様は決して見捨てずに救ってくださる』と深く信じること。
人は多くの方々に助けられて生きているいることを忘れ、また自分は頑張っているとすぐに慢心してしまいます。慢心を改め、自らの計らいを捨て、素直に阿弥陀様のお力におすがりする、そんな信心が持てるよう修行するのが念仏の門徒の姿です。
人の評価は、その人の気分や都合でコロコロ変わります。阿弥陀様は必ず信じる者を救ってくださるという最期の砦を心の中に持つことができれば、どのような困難も乗り越えられるのではないかと思います。