平成30年 納めの施餓鬼会 厳修

昨日、納めのお施餓鬼を無事終えることができました。
暑い中ご参列された壇信徒の皆様、ご協力下さった組内の上人の皆様、篤く御礼を申し上げます。

納めのお施餓鬼は、木札や卒塔婆を頂いて帰るわけでもなく、何かお土産があるわけでもありません。
ただご回向された施主様の名前を読み上げ、共にこの功徳が世界を良くしますようにとお祈りします。そういう意味で、非常に純粋な祈りの法要です。
参列された皆様には一層の功徳となったのではないかと思います。

先日、お経の本を読んでおりますと、餓鬼は自分では善行を積むことができない、だからそこ人に救いを求めるのだと書かれていました。
この世の中にも餓鬼のような人間が多くいますが、それは本人の責任ではありません。過去の因縁の結果たまたまそうなっているに過ぎません。一方で、他人への施しや慈しみの心を持ち合わせている場合もまた、たまたまそのような因縁により今があるに過ぎません。お経には「受け難き人身を得」ることができたのに、なぜ善行を積まないのか? というような言葉が出てきます。
このような機会を通じ、偶然にもそれなりに経済力もあり、他人を思いやる心根をもって育つことができた因縁に感謝し、一層の善行の励としたいものです。