強欲なゴーンさん

日産の元会長、ゴーン氏が有罪なのか無罪なのか私にはよく分かりません。しかしはっきりしているのは彼が強欲な人だということです。現代社会では強欲という罪で処罰することはできません。

仏教では身を滅ぼす諸悪の根源を三毒、貪・瞋・癡(とん・じん・ち)という言葉で表しています。
貪 がむさぼり、強欲のことです。 瞋は怒り。 癡 は愚かさ。
キリスト教ででも同じようなことを言っていますが、こちらは七つに分けて「高慢」「物欲」「嫉妬」「怒り」「色欲」「貪食」「怠惰」 を、死に至らしめる大罪としています。デヴィッド・フィンチャー監督の「Seven」はこれがモチーフでした。

強欲は過剰な欲望のことです。普通の人間が生きていくためには程ほどの欲は必要です。しかし強欲は自然の調和、法則を乱します。自然は因果の法則によりバランス良く調和し上手くいくようにできています。しかし他人を押しのけ、あれもこれもと自分にたぐり寄せると、その影響は全体に及びます。他人がまっとうに生きる、生きられる環境を壊してしまいます。

ゴーンさんは日産を再生しました。当時の日産はコスト管理もいい加減で倒産寸前でした。誰もが無責任、よく言えば人情味があった会社だったそうです。だからなかなか切れなかった。そこにコストカッターとよばれたゴーンさんが乗り込んでコストを削減、日産は再生します。このプロセスは仕方ないものであったにせよ、多くの社員が苦しみ、職を失うことになりました。日産は倒産を免れ、多くの社員が救われたのも事実です。だからといって、このマイナスの側面を無視してしまったらそれは人でなしです。こういった犠牲の上に今の日産があり、ゴーンさんの立場がある。強欲の償いは来世ですることになるでしょう。

人はなぜ強欲に走ってしまうのか。お金だってそんなに持っても使いきれるものでもありませんし、あの世に持っていくこともできません。子どもに残すといっても、子どもがそれで幸せになるとは限りません。親の財産で身を滅ぼすバカ息子・娘は大勢います。ところが世の中にはお金を貯めずにはいられない、お金がないと心配で心配で仕方ない人たちがいます。社会から切り離され、孤独に生きている人たちです。

4、5歳の子どもを見ていると、人に好かれるというものすごい能力を感じます。赤ちゃんもそうですが、泣いていると気になって仕方ない。誰もが何とかしてあげたいと思ってしまいます。ところが人は成長するにつれ、この能力をどんどん失っていきます。最後には誰も自分を助けてくれない、かまってくれない。頼れるものはお金だけだとなってしまうのです。ですから、お金がなくても生きていこうとすれば、人から好かれ愛される能力を忘れなければよいのです。

その方法を皆さんはよく知っているはずです。他人の役に立つ。優しくする。温かい言葉をかける・・・・。そういったことが日常的にできれば、強欲など必要なく、この世もあの世も幸せに過ごすことができるのではないかと思います。