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毎月、第一日曜日にお念仏の会をしていますが、ずっとお念仏をしているわけではなく、日常勤行集という毎日の読経用に要約したお経を集まった檀信徒と読んでいます。お経を読むことを読経というように、お経は憶える必要はありません。日常勤行集は本堂にありますのでそれを使います。

日常勤行集は寺務所でもお分けしていますので、手元に置いておられたい方はお立ち寄りください。一部500円です。般若心経が載っているは1000円です。

お念仏とは「南無阿弥陀仏」と繰り返し唱えることです。南無はインドのサンスクリット語の「ナマス」を音写したもので、「帰依する。一切をお任せする」という意味です。南無阿弥陀仏とは阿弥陀様に帰依する。阿弥陀様にお任せします、という意味です。

日常勤行にも法事にもお葬式にも、「南無阿弥陀仏」というフレーズは頻繁に出てきます。導師が十回連続して称える十念。皆で十念を称えましょうという同称十念。一同に会して回数に制限なく称える念仏一会、節付きで礼拝しながら行う三唱礼など、回数を変えスタイルを変え、阿弥陀様に一切をお任せします! と繰り返し称えます。

いったい何をお任せしようというのか。人生にはどうしようもない苦しみや悲しみが必ずあるものです。自分で努力しても上手くいかない。周りと上手くやっていきたいのだけれど上手くできない。より良い人間になりたいのだけれどできないんです。どうか助けてください! その心の叫びが南無阿弥陀仏であり、一切をお任せしますということの中身です。

たかが六文字の短い言葉で、口から言葉にするのは簡単な事です。ですが実際のところ仏様を信じない方にはこれはとてつもなく難しいことです。ですから信じて称えるということはまさに信仰の告白であり、修行そのものということになります。

そんなことは信じてないけど、称えることくらいには抵抗はない、というレベル方も多くいらっしゃると思います。それでもそれは、過去世も含む人生のなかで、それなりのご縁、仏縁があっての事です。

南無阿弥陀仏と称えられる人は、信仰の深さに程度の差はあれ、苦しみの中から抜け出したいという願いを持つ方々です。念仏を繰り返し称えることは、信仰の告白であるのと同時に、心を落ち着かせ、自分自身の置かれた状況を観察できるようになる瞑想のトレーニング、修行でもあります。

お念仏の会や法事、ご葬儀でお念仏がありましたら、ぜひご一緒にお念仏頂ければと存じます。

住職