東国の仏教

 龍蔵寺住職の由木義文先生の著書の一つに「東国の仏教」があります。由木先生はこの元となる論文で、印度仏教学会学会賞を受賞されており、先生の主著であり出発点と言って良いかも知れません。

この本を書かれた動機を直接聞いたことはありませんが、龍蔵寺を支えた東国が育んだ仏教がどういうものなのか、特に密教的色合いが強いのは何故なのか、非常に身近な関心から出発したように思えます。
この本では、東国の仏教的巨人が何人も出てくるのですが、私が特に興味を持ったのは、現在で言う栃木県都賀群出身の円仁です。円仁といえば、慈覚大師円仁として、第三代天台座主を務めた人です。どうして関東や東北に天台座主の足跡や開山の寺が多いのか不思議に思っていたのですが、少し納得しました。彼は長安で天台と密教を学び、比叡山に戻り、天台宗の思想を完成しました。
この本では、いくつか円仁が書いた本の一節を紹介していますが、円仁の天台と密教の考えを伺える「金剛頂教疏」の一節は非常に共感できるものでした。以下に私なりに再訳しておきます。
「すべの如来は毘盧舎那仏そのものである。この毘盧舎那仏は、この世界、生き物や大地など全てを創り出している。つまり毘盧舎那仏はこの宇宙の能産者である。つまり、我々の感覚の対象となるもの全ても毘盧舎那仏であり、我々もまた毘盧舎那仏の一部である。つまり、我々自身の中に毘盧舎那仏を見いだせる可能性がある」
つまり、我々の中にある仏性は、毘盧舎那仏そのものであり、この仏性を開発することにより毘盧舎那仏を実現することができればその知恵の恩恵にあずかることができると円仁は説いているわけである。
ときどき自分が何か大きなものの一部であるように感じることがある。毘盧舎那仏かも知れないし、阿弥陀仏かも知れない。ただ、これをもっと実感できればどれほどすばらしいだろうと思ったりする。そしてきっとこれが往生ということなのだろうと思う。だとすれば、成仏するとは、単に感じるのではなく、毘盧舎那仏(仮に)として振る舞えるようになることなのかも知れない。

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