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何度か触れているお釈迦様の十大弟子の一人、周利槃特(しゅりはんどく)。
記憶力の悪いお弟子さんでしたが、掃除をしながら繰り返し 「ちりを払い、垢を除かん」 と称え続けることで悟りに至ったと言われています。頭が悪くても悟りは得ることができる。

この 周利槃特 のお墓の周りに生えてきたのが茗荷で、茗荷を食べると物忘れがひどくなるといわれます。これは科学的には根拠のない、実際はその香り成分に集中力を増す効果があることが分かっています。

周利槃特(しゅりはんどく)は中国式の当て字で、インドではチューラパンタカ、略してパンタカという名前で登場します。このパンタカ、前世の報いで頭が悪くもの覚えが悪かった。自分の名前さえ覚えることができず、托鉢をしていても、「あなたの名前は?」と聞かれても忘れて答えることができない。そこでお釈迦様は幟をつくって名前を書きしたため、名前を聞かれたらこれが名前だと答えよと渡します。この話を聞いた信者は、幟を有り難がって托鉢のお布施もたくさん集まったといいます。

幟に名前を背負っていることから「茗荷」と書きます。

はなしは続きます。

幟を作ってもらっても、そこに書かれたのが自分の名前であることさえも忘れてしまう。一緒に出家した兄からも、もうやめた方が良いと言われる始末ですが、パンタカは辞めたくない。泣いているところお釈迦様に見つかり、事のいきさつを説明しますと、お釈迦様は、「自分のことを愚かだと知っている者は愚かではない。自分は賢いと思い込んでる者こそ愚かなのだ」と言い、今度は箒を渡します。そして 「ちりを払い、垢を除かん」と唱えながらお掃除をするよう言い渡します。来る日も来る日も、パンタカは「ちりを払い、垢を除かん」と唱えながら掃除を続けます。そしてちりとは、自分自身の心の汚れ、そして垢とは自分自身の執着なのだと気がつき、悟りに至ったとされています。

このお話には、二つの大切なことが述べられています。一つは、ちりや垢が自分自身の心だという、仏教の基本的な教え。もう一つは、その悟りを掃除という身体動作を繰り返すことで会得したということです。頭で教えを理解することも大切ですが、体を使いながら思索を深めていく。掃除をしながら、 「ちりを払い、垢を除かん」と繰り返すことが、実は瞑想として集中力を高め、気がつかなかったことに気づくきっかけを与えていたということです。

お念仏の会でも、読経の後にお掃除をしていますが、これも綺麗にすることが目的ではなく(それも大事ですが)、掃除という行為を通じて、心を落ち着かせ、心を綺麗にすることが大切なわけです。

浄土宗では、南無阿弥陀仏と、佛の名前を称え続けるお念仏をメインの修行としています。「阿弥陀様に帰依します。南無阿弥陀仏」と口に称えることは誰でもできる簡単な修行ですが、それを続けること、念仏を通じて信心を深めること。瞑想を深めること、はそれほど容易いことではありません。しかしその先には往生があり、悟りがあるということを、 パンタカ の物語は教えてくれています。