阿弥陀仏の救済

阿弥陀仏は、お釈迦様より遙か以前に悟りを開いた仏です。もとは一国の王でしたが、世自在王仏という仏に出会い、修行僧となって法蔵と名乗ります。法蔵はここで誓いを立てます。もし悟りに至り仏になることができれば、これこれを必ずしますという形で、四十八個の誓いを立てます。これがいわゆる阿弥陀仏の四十八誓願です。法蔵は五劫(インドの時間の単位)という長い時間をかけてついに悟りに至り仏となります。成仏を遂げたわけです。ここで一つ知っておきたいのが、仏と浄土の関係です。修行僧が成仏して仏になると、その力で人々を導く特別な空間を得ます。それが浄土です。阿弥陀仏の場合は極楽浄土、薬師如来の場合は瑠璃光浄土。お釈迦様も仏ですので霊山浄土という浄土を得ています。浄土に対して穢れたこの世のことを穢土といいます。時代劇に出てくる徳川家康の旗に書かれている「厭離穢土欣求浄土」という言葉は、汚れたこの世を離れて浄土に生まれ変わろう、と戦士を鼓舞しているわけです。

いずれにしても、法蔵が修行の末に阿弥陀仏となり、極楽浄土で人々の成仏を助けている。仏になって、なんでも出来るようになっているので、法蔵の時に立てた誓いも実行しているはず。その誓いにすがって救済を得ようという姿勢が、他力ということになります。

なんだか情けない姿勢に見えますが、自分がどれだけ自力でやれるか、お釈迦様の修行リストを眺めますと、とてもそんなことは出来ないと諦めてしまう自分がいます。比叡山一の秀才といわれ、当時の修行僧では最も戒律を守って生きた法然上人でさえそうだったのです。その法然がすがったのが、法蔵の誓い、阿弥陀仏の力による他力の救済だったのです。