TEL:0480-61-0850
FAX:0480-62-7900
info@ryuzoji.jp
過去を追うな。未来を願うな。
過去はすでに過ぎ去り、未来は未だ来ていない。
マッジマ・ニカーヤ

「来年のことを言えば鬼が笑う」は、来年ことを楽しげに話している人間を見て、鬼が閻魔帳でその人の死に時を確認してみると、じきに死ぬことが分かって、笑ってしまう。未来の不確実性と、それを頼む人間の愚かさを戒めたことわざです。

マッジマ・ニカーヤに書かれたこのお経も同じことを言っていますが、お経はこのように続きます。
ただ現在の事象をその場その場で観察し、揺らぐことなく、動ずることなく、知者はそれを修習せよ。
今やるべきことのみを熱心になせ。明日死ぬことを誰が知ろうぞ。
書店にならぶ自己啓発本には、将来の目標を立てて、着実に実行するテクニックが書かれていますが、何冊も読んでみましたが続いた試しがありません。これで成功できるのは、著者とそもそもこのような本を読む必要のないしっかりした人だけだな~と思い、最近は手に取ることもなくなりました。昔に比べると、社会の不確実性は随分と減りました。病気も治るものが増えましたし、危険な場所には近づかないよう指導されます。それでもなお、私たちは自分の未来を正確には予測することができませんし、予測が外れて破滅する人も多くいます。技術が進歩すれば回避できるようになるのかといえばそうではないようで、ばそれだけ人間が愚かになってバランスが取れているようです。
お釈迦様の教えはシンプルです。過去にも未来にも意味はない。あるのは今だけで今を一所懸命に生きよと。今を観察して成すべきことをなせ、です。
実に単純で簡単そうに思えますが、これでさえ実行はなかなか大変です。今やこういう時はこうすべきであるというような答えはインターネットで調べれば大概分かります。しかしそれを実行するとなると難しさは今も昔も変わらないようです。今の瞬間でさえそうなのですから、未来を見通して物事を進めるなど、凡人にはできようはずもありません。
そして最後に「明日死ぬことを誰が知ろうぞ。」とあります。明日死ぬかもしれないので刹那的に生きよ、と言っているのではありません。明日死んだとしても後悔せぬよう、今日を生きよといっているのです。